03/14 |
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「停電……」
輪番停電の影響も有り、首都圏の鉄道各路線は大混乱。
どの鉄道が動いているのかそうではないのか、よく分からないです。
朝方、喘息の発作がちょっとひどかったので、会社に行く前に病院へ行くことにしました。
その途中で撮った光景なのですが、駅前のイトーヨーカドーに行列ができていました。
物資の配達が滞り、スーパーやコンビニでは物が無い状況に陥っているとはいえ、神奈川の被害は軽微なのだから、そこまで買い込むことも無いのにと思いつつ、病院に向かいました。
で、病院。
病院の中は節電しているのか、いくらか照明を落しているようで、若干暗かったでした。
院内の待合室に設置されているTVでは、相変わらず被災地の惨状が放送されていました。
もしかして混乱しているのでは?なんて思っていましたが、別段そんなこともなく、いたって普通でした。
しかし待っている間に、震度3ほどの地震が発生し、待合室に居た患者さん、主に老人たちが慌てていました。
なんだか非常に慌てていた隣のお婆さんの手を握って、大丈夫ですよと声を掛けました。
そんなこともあるもんですね。
病院からの帰り。
騒ぎとは無関係に咲き誇る桃の花。
こんな花が被災地でも同じように見れるのでしょうか?
花を見て素直に綺麗だと思えるよう、諦めずに復興を頑張って欲しいです。
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03/13 |
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「ケーブルTV」
業者の方が来て、ケーブルTVのチューナーを設置していった。
アンテナの工事自体は先週に終わっている。
これで我が家も地デジ&多チャンネル!といきたいところだが、残念ながらケーブルTVのチューナーは1台。
置き場所が両親の部屋になっているので、うちの部屋がその恩恵に預かる事は無いのに、使用料払うの俺。
しかもそんなに使わない。
見ようと思えば見れるけれども、あまり家に居ないからケーブルTVのメリットがあまり無い。
別途地デジチューナーは買う必要があるわけだが、ケーブルである必要性がイマイチである。
工事費は大家持ちなので気にしなくて良いけれども、なんだか非常にモヤモヤするんだねぇ。
地デジ見るだけだったら無料だったので、それで良かった気がする。
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03/12 |
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「震災」
11日、14時46分、東北地方太平洋沖地震が発生しました。
マグニチュード8.8(後で9.0に修正)の史上稀の大地震。
被害に遭われた方々にはなんと申して良いやら分かりませんが、心よりお見舞いを申し上げます。
行方不明の方々の早急な救助、被災地の復興を願います。
私の方もちょっとだけ被害がありましたが、被災者の方々のそれとは比べるべくも無く、被害のうちに入らないです。
穿いていたサンダルの紐がブチッと切れてしまったので、スーパーの上にあるダイソーまで行き、さっさとサンダルを選んでレジに並んでいたのですが、そこで地震に遭遇しました。
川口の商店街の中でも古い方に入る建物なので、それだけ揺れが酷いのだろうと最初は思っていたのですが、地震がまったく収まる気配が無く、天井から釣り下がっていた店内モニターが揺れに揺れ、天井も軋んでいたように見えました。
あまり高くない天井、広いホール、古い建物……崩れる? 外へ出ないとマズイと思い、レジにサンダルを置き、外に出ました。
外には既に人が沢山居て、揺れが収まるのを待っているようでした。
電信柱が倒れそうなぐらいに揺れ、建物の二階の水道が壊れたのか、水が噴出してくる有様。
大きな地震を体験したことが無いので、足が竦みました。
川口駅前の広場は既に人だかりができており、口々に地震の恐怖を語っていました。
駅前のペデストリアンデッキが捻られるようにグラグラ揺れ、そこかしこに亀裂が入った?ような話をしていましたが、実際、一部が崩れていたようです。
会社に戻る道の脇にはビルやマンションが立ち並んでいますが、その地面も亀裂が入っているのを目の当たりにすると、このビル群がまるでドミノのように倒れていたら?なんて考えると、恐くて仕方が無いです。
足早に会社に向かいました。
会社に戻ってみると、全員がビルの外に出ていました。
会社のあるビルは細長く、地震の際には体感で1は震度が上がっているんじゃないかという貧弱なビルで、正直な話、ここだけは倒れているんじゃないか?と心配していましたが、大丈夫のようでした。
が、内部では机や棚が倒れたり、置物が落ちて壊れたり、本や資料が散乱していたりと、仕事のできるような状態ではありませんでした。
結局、会社では仕事ができないということになり、帰宅……するわけですが、川口駅は天井が崩れそうとかで閉鎖され、隣駅まで歩けばどうにかなるか?と思い、赤羽駅まで歩いてみましたが、どの電車も動いていません。
どうやって神奈川県南部まで帰れば良いのか?と途方にくれました。
東京駅までなら歩けるかなぁ?とも思いましたが、無駄に体力を使うのは災害時にしてはいけないことだと思ったので会社に戻りました。
余震ですら揺れに揺れる会社のビルでしたが、幸いにも電気・ガス・水道というライフラインは無事だったので、一晩過ごすには充分だと判断しました。
しかし、電話だけはまったく繋がらなく、自宅に掛けてもその地域には繋がりませんとアナウンスが出るのみでした。
ネットで見た被災地の状況は目も当てられない有様で、夜が明けたらどれだけの被害が明らかになるのだろうかと心配でなりません。
特に津波の被害はインドネシアのスマトラ島沖地震の時に感じた恐怖よりも数段上のものに感じられました。
見慣れた雰囲気の漁港が津波で壊滅するのは、やはり異国のものよりも現実感があります。遠くの出来事では無いのです。
夜に発生した気仙沼の火災なんて、まるで戦争が起きたかのような有様で、言葉もありません。
しばらくして、近所のコンビニに晩飯を買いに行きましたが、商品棚のほとんどがスッカラカンで、晩飯分のカップラーメンを辛うじて購入できるぐらいでした。
日付が変わるちょっと前、家に電話してみたところ、やっと繋がりました。
横浜のあたりは広い範囲で停電していたそうで、まったく身動きが取れなかったそうです。
そして、俺の部屋だけ被害甚大……俺の部屋だけ!という報告を受けたわけです。
もう面倒なので、家に帰らなくても良いかなぁと思っていましたが、俺の部屋だけって、何!?
心当たりが有りすぎるだけに、その考えを改めざるを得ませんでした。
余震は何度来たか分かりません。揺れていなくても揺れている感じがして気持ちが悪いです。
一応、会社に寝袋がありますが、まったく眠れる気がしません。
TVで被害状況を見ていましたが、その度に状況がどんどん悪い方向に向かっているようで、眠ったら途端、何か起きるのではないか?という不安感だけが募りました。
ただ、東京メトロやら都営地下鉄が深夜も営業するという情報があったので、もしかして埼玉高速鉄道も動いている?のかと調べてみたところ、大丈夫ということが確認できたので、川口元郷駅から東京メトロ南北線→東急目黒線→横浜市営地下鉄グリーンライン→ブルーラインという経由で帰ることにしました。
動いていないのJRだけですか……そういうものなのでしょうかね?
で、まあ無事に帰れたというわけでもありませんでした。
といっても、南北線と東急の接続が中止になっていて、白金高輪と目黒の間は徒歩で移動したぐらいのことですが。
トラブルはそれ以上のことはなく、朝も大分明けた頃、自宅に着きました。
駅前のマクドナルドは普通に営業していたので、朝マックを食べてから、家に帰ったのですけれども。
そして、自分の部屋の惨状を見てしまうわけです。
被災地の方々の惨状に比べれば屁でもないのは分かるのですが、これはこれで酷いことになっていました。
まず、部屋に入れない。
そこからなんですね……。強引に扉を開けました。
本棚は崩れていないのですが、本棚に入りきらない本を積み重ねていたところが崩れて入り口をほとんど埋めていました。
その奥は、さらに別の場所に積み重ねていた本が崩れ、本棚の本も崩れ落ち、飾っていたフィギュアのケースもそれごと落ち中身をばら撒いていました。
また、棚の上に置いてあったPCはどうにか無事のようでしたが、その横に置いてあったプリンターは落下していました。
本とフィギュアで満ち満ちた床。寝る場所どころか足の踏み場も無いです。
写真で見せられないぐらいに酷い有様です。
片付けないわけにはいかないのですが、それよりも眠気が先に来たので、別室で寝ることにしました。
基本的に家は無事で、心配していた金魚のいる大きな水槽も無事でした。
本当に俺の部屋だけ、俺の部屋だけが大惨事なんだね……T_T
一寝して、部屋を片付けて、また一寝して片付けてを繰り返し、どうにか寝る場所を確保しました。
本はとりあえず元通りに片付けられましたが、フィギュアは飾るのを諦めてケースにバラバラのまままとめました。
残念なことに一部のフィギュアは救出が不可能なタンスとタンスの合い間に落ちてしまいましたが、被害らしい被害はこれだけとも言えるので、幸いとも言えるでしょう。プリンターは動くようですし。
と、私のところはどうにか落ち着いたのですが、被災された東北地方のみなさまのことを考えると、どうにもいたたまれない気持ちでいっぱいなのです。
私ができることはといえば、せいぜい募金して祈ることぐらいでしょう。
本当に頑張ってくださいとしか言い様が無いですが、被災地の復興とより早い安定を願います。
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